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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)10137号 判決

第一事件原告

合同製鐵健康保険組合

被告

笹原教彦

第二事件原告

松堂忠博

被告

笹原教彦

主文

一  被告は、原告健康保険組合に対し、金九八万六〇四三円及びこれに対する平成七年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告松堂に対し、金一一二万〇六二一円及びこれに対する平成四年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告健康保険組合のその余の第一事件請求及び原告松堂のその余の第二事件請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、第二事件を通じ、これを一〇分し、その一を被告の、その余を原告健康保険組合及び原告松堂の負担とする。

五  この判決は、一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(第一事件)

被告は、原告健康保険組合に対し、金三二八万六八一〇円及びこれに対する平成七年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(第二事件)

被告は、原告松堂に対し、金二九二三万五一九四円及びこれに対する平成四年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、次の交通事故により負傷した原告松堂が被告に対し、民法七〇九条に基づき損害賠償を求めた事案(第二事件)と原告松堂の治療費を支払った原告健康保険組合が被告に対し求償を求めた事案(第一事件)である。

一  争いのない事実

1(本件事故)

(一)  日時 平成四年四月一九日午後八時三〇分ころ

(二)  場所 大阪市鶴見区諸口五丁目浜一四番一二号先路上

(三)  加害車両 被告運転の普通乗用自動車(和泉五二ほ四七二五)

(四)  被害車両 原告松堂運転の普通乗用自動車(大阪五三い六三八)

(五)  態様

原告松堂が、本件事故現場交差点を東から西に向かい直進するために交差点西側で信号待ちをした後、進行方向の信号が青になったため発進して直進し、交差点東側の横断歩道に差し掛かろうとしたとき、折から右横断歩道上を北から南へ横断しようとして突然飛び出してきた自転車を発見した。

このため、原告松堂は、被害車両を急停止させ、次いで自転車の様子を確認しようとして運転席から腰を浮かしたところ、信号待ちで被害車両の後ろにいた加害車両が追突した。

2(責任)

被告は、交差点を進行するに当たり、その前方の被害車両の動静及び横断歩道を横断しようとする歩行者等の動静を絶えず確認し進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り漫然と進行した過失により、横断歩道を横断しようとする自転車を発見して急停止した被害車両に加害車両を追突させたものであり、民法七〇九条により、被告は原告松堂の損害を賠償する責任がある。

3(健康保険)

原告松堂は、原告健康保険組合の健康保険に加入している。

4(傷害)

原告松堂は、本件事故により頸部捻挫、腰部捻挫の傷害を負った。

5(損害填補) 六三〇万四二六〇円

(一)  治療費 一四万四二六〇円

(二)  自賠責保険金(後遺障害分) 六一六万円

二  争点

1(傷害、治療経過)

原告松堂は、本件事故により頸部捻挫、腰部捻挫の傷害のほかに環軸椎亜脱臼の傷害を負い、次のとおり入通院治療を受けた。

(一)  医療法人徳洲会野崎病院(争いがない。)

平成四年四月二〇日から同年九月一四日まで通院(実通院日数一五日)

(二)  大阪府立成人病センター

平成四年八月六日から平成七年一月二七日まで通院(実通院日数二二日)

平成四年九月二五日から平成五年二月一二日まで入院一四一日間

平成五年一一月一五日から同年一一月一七日まで入院三日間

(三)  関西労災病院

平成七年四月一七日から平成八年一月二二日まで通院(実通院日数四日)

2(後遺障害)

原告松堂の傷害は、平成八年一月二二日症状固定し、後遺障害等級九級一〇号該当の後遺障害が残った。

3(原告松堂の損害)

(一)  治療関係費 五七万三二〇〇円

野崎病院 一四万四二六〇円(争いがない。)

成人病センター 四一万九六八〇円

関西労災病院 九二六〇円

(二)  休業損害 三二七万一八四〇円

原告松堂は、本件事故により一七六日間欠勤した。

原告松堂の事故直前三か月の平均給与は一日当たり一万八五九〇円であるから、これによる損害は、三二七万一八四〇円を下らない。

(三)  入通院慰謝料 三〇五万円

原告松堂の一四四日間に及ぶ入院及び三年九か月に及ぶ通院に対する慰謝料としては、三〇五万円が相当である。

(四)  逸失利益 二〇四〇万〇一五四円

原告松堂は、本件事故により歩行障害、右手脱力等の後遺障害を被り、九級一〇号の等級認定を得た。

原告松堂の平均給与は、一日当たり一万八五九〇円であり、症状固定時である平成八年一月二二日において、原告松堂は五七歳であるから、逸失利益は、次のとおり、二〇四〇万〇一五四円である。

1万8590円×365日×0.35×8.59=2040万0154円

(五)  後遺障害慰謝料 五五〇万円

九級一〇号

(六)  弁護士費用 二六〇万円

4(原告健康保険組合が支払った治療費)

原告松堂は、本件事故により環軸椎亜脱臼等の傷害を負い、損害を被ったが、原告健康保険組合は、そのうち平成四年九月ないし平成七年三月までの治療費三六五万一八二〇円のうち本件事故と因果関係のある別紙一覧表記載の合計三二八万六八一〇円を保険給付として支払った。

5(寄与度)

仮に、本件事故が原告松堂の脊髄症に影響があったとしても、原告松堂の脊髄症はもともとの第二頸椎の奇形によるものであるから、その寄与度は一〇パーセントを超えない。

第三判断

一  争点1(傷害、治療経過)

1  原告松堂が本件事故により頸部捻挫、腰部捻挫の傷害を負ったことは、当事者間に争いがない。

2  証拠(甲三の1、2、四の1ないし33、五、六の1ないし6、七の1ないし6、八の1、2、九の1、2、一〇、一二、乙一の1、2、二ないし四、五、六の1、2、九、一〇)によれば、次の事実が認められる。

(一) 治療経過

(1) 医療法人徳洲会野崎病院(争いがない。)

平成四年四月二〇日から同年九月一四日まで通院(実通院日数一五日)

(2) 大阪府立成人病センター

平成四年八月六日から平成七年一月二七日まで通院(実通院日数二二日)

平成四年九月二五日から平成五年二月一二日まで入院一四一日間

平成五年一一月一五日から同年一一月一七日まで入院三日間

(3) 関西労災病院

平成七年四月一七日から平成八年一月二二日まで通院(実通院日数四日)

(二) 本件事故以前の原告松堂の状態

(1) 原告松堂は、昭和五五年二月二八日、頸部不快感及び歩行時のふらつき感を主訴として成人病センターを受診しているが、それ以前の昭和四二年にクリッペル・ファイル症候群(短い頸部、低い毛髪縁、頸部の可動域制限を特徴とする疾患であり、先天性心疾患や聴力障害等を合併し、X線写真では、頸椎の欠損等の骨の奇形を認める疾患である。)と診断されている。

(2) 原告松堂は、昭和五五年三月三日から同年五月三日まで、小脳性失調、歩行障害、左側の温痛覚の脱失により、クリッペル・ファイル症候群、右椎骨動脈閉塞と診断され、成人病センターに入院し、後頭動脈・後下小脳動脈吻合の手術を受けた。

右退院時には小脳性失調は改善し、歩行障害もほとんどなくなり、第四腰髄神経節以下の温痛覚も改善したが、左上肢、躯幹及び大腿前面の温痛覚脱失は残存、左片脚起立も不安定であった。

(3) 原告松堂は、昭和五五年五月一三日から同年六月七日まで、左下肢の痺れが増強したため、右椎骨動脈閉塞の診断で、成人病センターに入院した。

(三) 本件事故後の原告松堂の状態

(1) 原告松堂は、本件事故の翌日である平成四年四月二〇日、野崎病院を受診したが、訴えは左後頭部が熱く、重い感じであり、吐き気、嘔吐はなかった。

原告松堂は、その後の通院中、左後頭部の痛み・頸部痛とともに左後頭部の熱い感じ、左口唇周囲の痺れ、左上肢に力を入れると左後頭部痛があるとか、左耳介後部から左後頭部かけての熱い感じを訴えていた。

その後原告松堂の症状は力むと出現し、星状神経節ブロックが効果が良好であった。

(2) 平成四年六月五日時点の原告松堂の症状は、頸椎の動き良好、膝蓋腱反射正常、ラセーグ徴候正常であり、ここまでの原告松堂の症状は、左後頭部の熱い感じが主体であり、脊髄症状を示す所見はなかった。

(3) 本件事故後三か月余経過した平成四年八月初めころから右足を引きずるような感じになったとして。同月六日、成人病センターを受診し、X線検査とCT検査で小脳梗塞と頸椎の奇形(本件事故前からのもの)、頸椎の脊柱管狭窄(本件事故前からのもの)が認められ、その後、MRI等の検査を行い、第二頸椎歯突起の形成不全、環軸椎亜脱臼を認められ、頸髄が第二頸椎のレベルで強く圧迫され、細くなっていることが確認され、入院後の脊髄造影後のCTでも脊髄の萎縮を認められた。

原告松堂、平成四年一〇月八日、環軸椎亜脱臼の診断のもとに経口的環軸椎前方固定術を受けた。

(四) 以上の事実に照らせば、環軸椎亜脱臼については、本件事故との間に因果関係があるか否かについては、医学的な厳密な証明はなされていないというほかないが(特に環軸椎亜脱臼による症状は、本件事故後三か月余が経過してから発生している。)、逆に、本件事故以外の原因により右症状が発生したことを認めるに足りる証拠もないから、本件においては、右症状に基づく損害については、右の点も考慮して、寄与度減額の手法で調整することとし、環軸椎亜脱臼と本件事故との間の因果関係は認めるのが相当である。

二  争点2(後遺障害)

証拠(甲一〇、弁論の全趣旨)によれば、原告松堂の傷害は、平成八年一月二二日症状固定と診断されたが、その時点における症状は、環軸椎亜脱臼による歩行障害、右手脱力であり、自動車保険料率算定会により後遺障害等級九級一〇号該当との認定を受けたことが認められる。

三  争点3(原告松堂の損害)

1  治療関係費 五〇万九二七〇円

(一) 野崎病院 一四万四二六〇円(争いがない。)

(二) その余の治療費の原告松堂負担分 三六万五〇一〇円(甲四の1ないし33、七の1ないし6、八の2、九の2、弁論の全趣旨)

2  休業損害 二二九万〇二八八円

証拠(甲一一、原告松堂本人)によれば、原告松堂は、本件事故当時、合同製鐵株式会社大阪製造所に技能職として勤務しており、本件事故により一七六日間欠勤したこと、本件事故直前三か月(平成四年一月から三月まで)の平均給与は一日当たり一万三〇一三円であったことが認められるから、休業損害は、二二九万〇二八八円となる。

3  入通院慰謝料 一五〇万円

原告松堂の入通院状況からすると、入通院慰謝料は、一五〇万円と認めるのが相当である。

4  逸失利益 一四二八万〇一〇八円

原告松堂(症状固定時五七歳)の逸失利益は、労働能力喪失率三五パーセント、喪失期間一〇年(新ホフマン係数八・五九)により算定するのが相当であるから、次の計算式のとおり一四二八万〇一〇八円となる。

1万3013円×365日×0.35×8.59=1428万0108円

5  後遺障害慰謝料 五五〇万円

原告の後遺障害慰謝料は、五五〇万円と認めるのが相当である。

四  争点4(原告健康保険組合が支払った治療費)

前記認定の入通院治療の状況及び証拠(甲四の1ないし33、七の1ないし6、八の2、九の2、弁論の全趣旨)によれば、原告健康保険組合が支払った原告松堂の治療費のうち、本件事故と相当因果関係のあるものは、合計三二八万六八一〇円であると認められる。

五  争点5(寄与度)

前記認定の事実によれば、原告松堂の環軸椎亜脱臼による症状については、原告松堂に本件事故前からあった第二頸椎の奇形、頸椎の脊柱管狭窄が寄与していること及び前記の立証の程度を考慮すると、治療費のうち、野崎病院での治療費については、全額を本件事故による損害とし、その余の損害については、その七割を減額するのが相当である。

すると、原告らが被告に対し請求しうる金額は次のとおりとなる。

1  原告松堂

(1) 治療関係費 二五万三七六三円

(一) 野崎病院 一四万四二六〇円

(二) その余 一〇万九五〇三円

(2) 休業損害 六八万七〇八六円

(3) 入通院慰謝料 四五万円

(4) 逸失利益 四二八万四〇三二円

(5) 後遺障害慰謝料 一六五万円

(6) 以上合計七三二万四八八一円

(7) 損害填補額(六三〇万四二六〇円)を控除すると、一〇二万〇六二一円となる。

(8) 弁護士費用 一〇万円

(9) よって、原告松堂の第二事件請求は、一一二万〇六二一円の限度で理由がある。

2  原告健康保険組合 九八万六〇四三円

よって、原告健康保険組合の第一事件請求は、九八万六〇四三円の限度で理由がある。

六  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉波佳希)

被保険者松堂忠博にかかる交通事故医療費については下記の通りです。

1 負傷年月日:平成4年4月19日(日)

〈省略〉

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